三角関数のn倍角にはド・モアブルと二項定理の奥義で立ち向かえ! – 2023年京大 数学 第6問
2023年京大 数学 第6問は、三角関数に素数を絡ませるという、危険な香りがたっぷりの問題です。問題文は以下のとおりです。
p を3以上の素数とする.また, \theta を実数とする.
(1) \cos 3 \theta と \cos 4 \theta を \cos \theta の式として表せ.
(2) \cos \theta =\displaystyle \frac{1}{p} のとき, \theta = \displaystyle\frac{m}n \cdot \pi となるような正の整数 m , n が存在するか否かを理由を付けて判定せよ.
小問1は救済問題なのか、単に計算するだけですが、小問2がクセモノです。三角関数と素数の食いあわせの悪さは、ソッコーお腹を壊してしまいそうです。
小問2の重要なヒントかも知れないので、小問1をさらっておきます。加法定理を適用します。
\begin{aligned} \cos 3 \theta = & \cos 2 \theta \cos \theta - \sin 2\theta \sin \theta \\ = & (2 \cos^2 \theta -1) \cos \theta -2 \sin ^2 \theta \cos \theta \\ = & (2 \cos^2 \theta -1) \cos \theta -2 (1-\cos^2 \theta) \cos \theta \\ = & 4 \cos ^3 \theta - 3 \cos \theta \end{aligned}
普通の3倍角公式ですね。京大の入試に出てくるということは、最近は学校でやらないのでしょうか。
\begin{aligned} \cos 4 \theta = & 2 \cos ^2 2 \theta -1 \\ = & 2( 2 \cos^2 \theta-1)^2 -1 \\ = & 8 \cos^4 \theta -8 \cos^2 \theta +1 \end{aligned}
2倍角公式を二度適用すると答えを得られます。これもどうということはありません。
この後どうなるのか、不安が高まりますが、小問2を見ていきます。
2023年京大 数学 第6問 小問2の解法
p = 2 の場合は \cos \displaystyle\frac{\pi}{3} = \frac{1}2 などのようなケースが有りますが、 p ≧ 3 の場合に題意を満たすような m,n,p が存在するかというと、ありそうな気がしませんし、もしそんなものがあるとしたら、入試問題という限られた時間枠で回答できそうな気もしません。
そこで、そんなものはないということを、背理法で証明することにします。
この手の n 倍角ものには、ド・モアブルの定理が大変重宝します。
ド・モアブルの定理とは、 n が整数のとき、
\cos n \theta + i \sin n \theta = ( \cos \theta + i \sin \theta)^n
が成り立つというもので、 n が負の時も成り立ちますが、今回は n が正の場合が対象です。
学校で習っていれば無証明で適用してOKですが、 習っていない場合でも、 n が正なので、複素数の積は偏角の和であるから明らかである、と断っておけばよいでしょう。
ここである正の整数 m , n および 3 以上の素数 p に対し、 \cos \displaystyle\frac{m \pi}n =\displaystyle \frac{1}{p} がなりたつと仮定します。
すると、 \theta = \displaystyle\frac{m \pi}n とおくとき、
\cos n \theta = \pm 1
です。符号は m の偶奇によって決まります。
一方、二項定理により
\begin{aligned} & ( \cos \theta +i \sin \theta)^n \\ = & \sum_{k=0}^n {}_n \mathrm{C}_{n-k} \cos ^{n-k} \theta \cdot i^{k} \sin^{k} \theta \\ = & \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は}偶数}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} \cos ^{n-k} \theta \cdot i^{k} \sin^{k} \theta \\ & + \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は}奇数}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} \cos ^{n-k} \theta \cdot i^{k} \sin^{k} \theta \\ = & \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は}偶数}} (-1)^{ \frac{k}{2}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} \cos ^{n-k} \theta (1-\cos^{2} \theta )^{\frac{k}{2}}\\ & +i \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は}奇数}} (-1)^{ \frac{k-1}{2}} {}_n \mathrm{C}_{n-k} \cos ^{n-k} \theta \sin^{k} \theta \\ \end{aligned}
なので、両辺の実部を取って
\begin{aligned} & \cos n \theta \\ \\ = & \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} (-1)^{ \frac{k}{2}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} \cos ^{n-k} \theta (1-\cos^{2} \theta )^{\frac{k}{2}}\\ \\ = & \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} (-1)^{ \frac{k}{2}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} \left (\frac{1}{p} \right)^{n-k} \left \{1- \left (\frac{1}{p} \right )^{2} \right \}^{\frac{k}{2}}\\ \\ = & \frac{\sum\limits_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} (-1)^{ \frac{k}{2}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} (p^2-1)^{\frac{k}2}}{p^n} \\ \\ \end{aligned}
ですが、 k が正の偶数のとき、
\begin{aligned} (p^2-1)^{\frac{k}{2}} = & \sum_{i=0}^{ \frac{k}2} {}_{ \frac{k}2} \mathrm{C}_i p^{2i} (-1)^{(\frac{k}2-i)} \\ = &(-1)^{ \frac{k}2} + \sum_{i=1}^{ \frac{k}2} {}_{ \frac{k}2} \mathrm{C}_i p^{2i} (-1)^{(\frac{k}2-i)} \\ = &(-1)^{ \frac{k}2} + N_kp^2 \end{aligned}
です。ただし Nk は k に依存する整数です。よって、
\begin{aligned} & \cos n \theta \\ \\ = & \frac{\sum\limits_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} (-1)^{ \frac{k}{2}}{}_n \mathrm{C}_{n-k} (p^2-1)^{\frac{k}2}}{p^n} \\ \\ = & \frac{\sum\limits_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} (-1)^{ \frac{k}{2}} {}_n \mathrm{C}_{n-k} \{ (-1)^{ \frac{k}2} + N_kp^2 \} }{p^n}\\ \\ = & \frac{\sum\limits_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} {}_n \mathrm{C}_{n-k} + Np^2 }{p^n}\\ \end{aligned}
が成り立ちます。ここに
N = \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} {}_n \mathrm{C}_{n-k} (-1)^{\frac{k}2} N_k
は整数です。
分母を払って、
\begin{aligned} \pm p^n = \sum\limits_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} {}_n \mathrm{C}_{n-k} + Np^2 \\ \end{aligned}
を得ます。ここで
\begin{aligned} C = \sum\limits_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数}}} {}_n \mathrm{C}_{n-k} \\ \end{aligned}
と置くと、 C は少なくとも p2 の倍数でなければなりませんが、そんなことにはならないことを証明します。
ここで二項定理の奥義登場です。すなわち、二項係数の和を評価する際におなじみの、以下の式を適用します。
\begin{aligned} 2^n & = (1+1)^n = \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} \\ 0 &= (1-1)^n = \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} (-1)^k \end{aligned}
ところが、
\begin{aligned} \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} & = \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} + \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は奇数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} \\ & = C + \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は奇数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} \\ \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} (-1)^k & = \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は偶数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} - \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は奇数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} \\ & = C - \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は奇数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} \\ \end{aligned}
なので、
\begin{aligned} C + \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は奇数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} &= 2^n\\ C - \sum_{\substack{0 \leqq k \leqq n \\ k \text{は奇数 }}} {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} & = 0\\ \end{aligned}
が成り立ちます。これらの辺々足して2で割ることによって、
C = 2^{n-1}
を得ます。 C は p と素なので、矛盾が示せました。
ゆえに、題意を満たす正の整数 m , n および 3 以上の素数 p は存在しないことが証明できました。
発展 – チェビシェフ多項式について
本問の解答をググると、大抵チェビシェフ多項式を利用して解いています。
チェビシェフ多項式というのは、
\begin{aligned} T_1(x) &= x \\ T_2(x) & = 2x^2-1 \\ T_{n+2}(x) & = 2x T_{n+1} (x) - T_n (x)( n \geqq 1) \end{aligned}
で帰納的に定義される整数係数多項式で、重要な性質として、
\cos n \theta = T_n ( \cos n \theta)
が成り立つというものがあります。
こういうものがあるということをあらかじめ知っていれば、 Tn(x) の最高次項の係数が 2n-1 である(小問1がこいつに気がつくためのヒントになっている)ことを数学的帰納法で容易に求められるので、
\begin{aligned} \cos n \theta = & T_n (\cos \theta) \\ = & 2^{n-1} \left ( \frac{1}{p} \right )^n + n-1 \text{次以下の} \frac{1}{p} \text{の多項式} \\ = & \frac{2^{n-1} + p \text{の倍数} }{p^n} \\ = & \pm1 \end{aligned}
がソッコー得られます。
解法のポイント
n 倍角の問題でかつ、 \cos \theta の値が与えられているので、まずはド・モアブルの定理を適用することを、これは半ば脊髄反射的に思いつけるようにしましょう。ド・モアブルの定理によって、 \cos n \theta を \cos \theta のべき乗和で表すことが出来ます。
チェビシェフの多項式でも同じことが出来ますが、ド・モアブルは複素数のべき乗に関する重要な性質を記述していますし、大学入試に適用する範囲では証明も簡単です。いろいろとつぶしが効くので、本稿のような活用方法を覚えておくと何かと便利だと思います。
題意よりただちに、素数 p のべき乗和の問題に帰着できますが、ここでポイントは p がかかっていない「定数項」に着目することです。問題文の条件を満たす m, n が存在するなら、この定数項も p の倍数になる必要があるので、この定数項を評価すれば良いことになります。
定数項は本稿で示したように、二項係数の和になります。全部足すのではなく、1つおきに足すというのがいやらしいですが、二項係数の和と言ったら、本稿で示した二項定理の「奥義」(と筆者が勝手に呼んでいる)である、以下の等式の適用を即、検討しましょう。
\begin{aligned} & \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{k} = \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} =2^n \\ & \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{k} (-1)^k = \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_{n-k} (-1)^k =0 \end{aligned}
特に2つ目の式は、本問のように二項係数を1つおきに足さなければならない場合に、決定的に重要です。
これらの式があっても、たとえば二項係数を2つおきに足してください、と言われたらしびれてしまいますが、そのようなときには複素数をうまく使って、
(1+ \omega)^n = \sum_{k=0}^n {}_{n} \mathrm{C}_k\omega^k
の両辺の実部を比較するなどしてみましょう。ここに \omega = \cos \displaystyle\frac{2 \pi}{3} + i \sin \displaystyle\frac{2 \pi}{3} です。いい感じに2つおきの和を得ることが出来ます。